《慢性疼痛(※1)》というとそれらしい病名っぽい響きですが、長引く痛みというとなんとなく身近なものに聞こえるのは私だけでしょうか?
肩こり・腰痛から頭痛・膝の痛み・肘の痛み・背中の痛み・古傷の痛み・腕や脚のだるさ・手足のシビレや冷え等、長引くイヤ~な症状でお悩みの方は程度の差こそあれ非常にたくさんいらっしゃるかと思われます。
2013年の国民生活基礎調査(※2)において、症状別にみた自覚症状のある者の人口千人あたりの率では1位から順に
腰痛 105.7
肩こり 93.8
手足の関節が痛む 56.6
鼻がつまる・鼻汁が出る 51.2
体がだるい 50.4
(その他) …
などの順となっており、上位に運動器系疾患の訴えが目立ちます。
また、同調査による通院者率でも1位は高血圧症ですが、2位に腰痛症・7位に肩こり症・10位に関節症とやはり上位に運動器疾患が見受けられます。
(【参考文献】 編集 白石吉彦・白石裕子・皆川洋至・小林只『THE整形内科』南山堂(2016) )
ただ医療機関を受診してもエックス線等の“従来の画像診断”で「特に異常がないのでとりあえず痛み止めを出しときましょう」などと言われて、一定期間様子をみてもなかなか良くならないという方々が当院にもよくいらっしゃいます。
またエックス線等による画像診断で椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症・膝の軟骨のすり減りなどと言われて、同様に痛み止め等のクスリを処方されたものの一向に改善の気配がみられないという方もいらっしゃるようです。
その一方で画像検査上は椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症・膝の軟骨のすり減りといった状態を確認できるにもかかわらず、症状を訴えていない方もいるという研究も報告されているようです。
不思議ですよね。「痛い」や「シビレる」から医療機関を受診し、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症と診断されたのに、同じ様な体の状態(構造の異常)でも痛みやシビレという症状がない方もいらっしゃる。
もし、ヘルニアや狭窄症などが“痛みやシビレの直接の原因”だとするなら、画像診断上その状態を確認できる人は皆同じように痛みやシビレを訴えているはずです。これはつまり“従来の画像診断”では痛みやシビレ等の症状の原因が適切に診断されていなかったということになります。組織変性の程度の差というものがもちろんありますので単純な比較はできませんが、“診断名”が必ずしも症状の原因(の説明)にはなっていないということです。
例えばエックス線は骨やそれに近い高密度の組織を白く写し出しますが、そもそも痛みやシビレなどの慢性疼痛の原因に多い筋膜などの線維性結合組織(fascia)の異常を写し出すことはできません。つまりそれは骨折等の異常の鑑別において有効な装置であるわけです。
ということは、痛みやシビレを訴える患者さんに対して「レントゲンの画像上特に異常ありません」というのは、あくまで「とりあえず骨折はしてないようです」という意味でしかありません。それで「とりあえず痛み止めを出しておきましょう」では患者さんも「ああ、そうですか」となってしまいます。
そこで新たに注目されているのが《筋膜性疼痛症候群(MPS)》です。(2021年現在ではファシア由来の疼痛症候群《FPS》と呼びます。)
これは従来の西洋医学(解剖学)ではほとんど見向きもされていなかった皮下組織や筋膜などの《fascia》の異常に着目したものです。
巷で話題の“いわゆる筋膜(→myofascia)”だけにとどまらず、皮下組織・脂肪・腱・靭帯といった線維性結合組織《fascia》全てが対象となる疾患ですが、今現在《fascia》に対する正確な日本語訳は存在しない状況です。なのでMPS研究会*では、《fascia》の定義がはっきりするまではとりあえず認知されている【筋膜性疼痛症候群(MPS=Myofascial
Pain Syndrome)】という単語を用いているようです。
(*現在は名称変更されて(一社)日本整形内科学研究会となりました。)
従来の西洋医学では重視されていなかった《fascia》ですが、鍼灸の世界では皮膚・皮下組織・浅筋層・深筋層などは割りと馴染みのある施術箇所でもあります。ただ皮膚表面以外は普通には観察することが出来ませんので、個々の鍼灸師の触診力(感覚)に頼らざるを得ません。しかし鍼灸師同士でもそれらを共通認識して捉えているとは言いがたい状況でもありました。(訓練次第で相応の能力になるのは間違いないですが。)
新しい研究では、その皮膚より内側の通常見えない部分をエコー(超音波画像診断装置)を用いてリアルタイムに《fascia》の状態を把握し、医師は当然ながら療法士・鍼灸師・柔整師なども共通認識のもとで評価から施術までを行えるようにしようという試みがなされています。
そのためには従来の“個人の感覚頼り”だけではダメで、医療従事者の誰が評価しても「ここが原因だ」と確信できる共通言語が必要となります。その一つと期待されるのが施術対象となる《fascia》であり、それを写し出せるエコー(超音波画像診断装置)の利用です。
ひょっとしたら今後の研究次第では漠然とした存在であった“経穴(ツボ)”と筋・筋膜系(解剖)との関連も分かるかもしれません。いまだ研究段階の理論(※3)ですから、今後さらに膨大な臨床報告を経てより確かなものになっていくことでしょう。慢性疼痛や不定愁訴に悩む患者さんがクスリ漬けになる前の新たな選択肢となることを期待します。
ではその《fascia》の異常をどのように探し当てるか?が問題となります。
《fascia》とは人体にある組織の一部なので、当然カラダを動かしたり使ったりする時には何らかの影響を受けると言えます。つまり、ある特定の動きや体の使い方でその人の訴える痛みなどの気になる症状が再現されれば、その部位に何かしらの問題があるのではないか?と推測できます。
なので、当院ではまず問診に始まり、動作分析や触診などの総合的な評価をしてから鍼灸治療に移ります。「どこが痛いか」よりも「どうすると痛いか」を重視しています。(もちろん「ここが痛い」と訴えていて、実際にそこが悪い場合もございます。これは症状がこじれていない場合や、こじれていても何回か施術を重ねていくとそのようになることが臨床上見受けられます。大切なのは鑑別・評価ですね。)
痛みには「単純に痛いと感じる部位が悪い場合」と「痛いと感じる部位でない箇所が悪くて、結果としてそこに痛みを感じる場合(=関連痛)」とがありますが、当院にかかられる患者さんの訴えとしては後者の関連痛のほうが多く見受けられます。
FPS(ファシア由来の疼痛症候群)とは体のある部位の《fascia》がなんらかの理由(使いすぎ・使わなすぎ・誤った使い方など)で“癒着”などの異変をきたし、その部位の動き(働き)に制限を引き起こした結果として痛みやシビレなどを引き起こす症状であると今のところ考えられています。
なので当院にみえる患者さんで普段あまり体を動かしてない方には「それなりに意識して体を使ってください」と結構しつこく進言するようにしています。かなり煙たがられているでしょうが、当院では基本的に『何か特定のクスリや施術だけに依存するのではなく、セルフケアを中心に体調管理をしていただけるようになること』を目的としているので、そこはできるだけ続けていきたいと考えています。(個人ごとに違いますが、健康問題に関してはこれだけをやれば良いという都合のいいものは無いということを認識しておきましょう。)
現代は便利になりすぎて、体を使おうにもその必要性が低く、必然的に身体機能が退化しやすい状況がそろってしまっています。動物の体の機能は動くことで正常に働くようにできています。人間も動物ですから、動くこと(体を使うこと)で生体の機能が良好に維持され、その結果健康で生きられることに繋がります。
その点を今一度思い出していただき、元気に年をかさねていただければと思います。
(※1)日本神経治療学会『標準的神経治療:慢性疼痛』によると、
【 痛みとは《組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結び つくか、このような傷害を表す言葉を使って述べられる 不快な感覚・情動体験である》と定義されている。*1 )
また慢性疼痛は《急性疾患の通常の経過あるいは創傷の治癒に要する妥当な時間を超えて持続する痛み》と定義されている。
*1 )Bittar RG, Kar-Purkayastha I, Owen SL et al :
Deep brain stimulation for pain relief : A meta-
analysis J Clin Neurosci 12 : 515-519, 2005 】
とのことです。(一部カッコや句読点は当方で改変しています。)
(※2)ネットで調べてみると、2016年の資料でも似たような結果でした。
(※3)世の中の事実っぽい顔をした事柄のほとんどが【仮説】を前提としていることを忘れてはいけません。また、メディアなんかで少し注目されるとそれっぽい“謳い文句”をやたらちりばめた“商品”が溢れかえるので、情報の受け取り方には気をつけていただきたいところです。
【参考文献】
編集 白石吉彦・白石裕子・皆川洋至・小林只『THE整形内科』南山堂(2016)